教師辞めたブログ

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教育、漫画、ネタを勢いで書く雑記

命は平等ではない

 

命は平等だ!!

 

そんな風に学校の道徳で教わりましたよね?

 

わたしも学校で教わった記憶があります。どの命も尊い、人間も動物もみな平等、先生はそう熱く語っていました。

 

でも本当に命って平等でしょうか?

 

きっと誰しもが、無意識のうちに命の価値に差をつけています。ここでいう価値とは「死なれたら困る」と思っている人の数や強さです

 

 

人間にとって命は平等ではない

 

命は平等ではないのは、正確にいうと「人間にとって命は平等ではない」です。宇宙や神からすればどの命も同じものなのでしょうが、わたしたちは人間。人類に対して利益を生み出す命は価値が高く、害を与える命の価値は低いと判断します

 

食べることのできる牛や豚の価値は高いですが、毒があって食べられないようなものは人間にとって命の価値が低いです

 

個人によっても変わる

 

一般的に牛は鶏よりも需要があることや育成にかかる費用の違いから、鶏肉より高く売られています。命に値段の差がはっきりと表れています

 

人間でも同じです。お年寄りが交通事故で亡くなったときと、子どもが亡くなったときでは慰謝料の金額に差があります。先が短いお年寄りよりも、未来がある子どものほうが大切だということですね。これはまさに命の価値の違いではないでしょうか。

 

人によっても価値が変わります。どこかの知らない100万人の命よりも、母の命の方がわたしにとっては価値が高いです。テレビでテロのニュースが流れても泣きませんが、母が亡くなったらわたしは泣きます

 

犬が好き、日本に住んでいる、会社の社長、様々な要素が複雑に絡んでいて、個人にとっての命の価値は大きく異なります。誰かにとっては価値が高くても、また別の誰かにとっては価値が低いのは珍しくありません。例えば自社の社長が亡くなったら困りますが、他社ならば困りませんからね。

 

つまり多くの人に必要とされる命は、それだけ価値が高くなります

 

ゴキブリは殺してもいいのに、犬はダメ

 

テレビを見ているとゴキブリホイホイのCMが流れていて、ふと思いました

 

(これがイヌイヌホイホイとかネコネコホイホイだったら、とんでもない数のバッシングが来るんだろうな)

 

犬や猫を殺す毒がテレビで流れたら、世間は大騒ぎです。ゴキブリにはいなくなれ!もっと強い毒を作って!!と思っている人だらけなのに。

 

ゴキブリを殺しても、人格を疑われるようなことはありません。むしろゴキブリを殺せず怯えるような男性は、女性に頼りないなんて思われるかも。殺せないと評価が下がるなんて、とんでもなく憎まれていますね。

 

犬を殺すと非難を浴びるどころでは済みません。動物愛護法という法律があり、犬や猫を虐待をすると懲役に行ったり、罰金を取られたりします

 

愛護動物を虐待したり捨てる(遺棄する)ことは犯罪です。違反すると、懲役や罰金に処せられます。

愛護動物をみだりに殺したり傷つけた者
→2年以下の懲役または200万円以下の罰金
愛護動物に対し、みだりにえさや水を与えずに衰弱させるなど虐待を行った者
→100万円以下の罰金
愛護動物を遺棄した者
→100万円以下の罰金
※愛護動物とは
1 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
2 その他、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

 

ゴキブリを殺す毒が売られてCMで流されているのに、犬は法律で守られている。この差は一体何なのでしょうか。命がもし平等ならば許されないはず。

 

それでも命は平等だ!という人にとっては、例えば犬や人間と、インフルエンザの菌は同じ価値なのでしょうか。

 

インフルエンザも大切な命なのだから……と、体の中で飼い続けますか?いずれ人間側が死んでしまいますし、感染したくない周囲の人にとっては迷惑な話です。

 

誰しもが、可愛くて癒される動物は価値が高い、人間に害を与える動物は価値が低いと無意識のうちに判断して差をつけています

 

まとめ

 

本当の意味で命が平等だと思っている人はいません。もしそうだとしたら、生きていけません。人間の1つの命のために、牛や鳥の同じ1つの命を頂くことができないからです。なので生きていくためには仕方のないことだと、割り切っています

 

でも命が平等ではない!!と聞くと、なんだかモヤモヤとするのもまた事実。あなたもそうではないでしょうか?

 

理屈で割り切れない問題について、なんとか答えを出そうと考える。わたしはそんな人間が好きです

 

おわり